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2006年11月29日 (水)

決戦!関ヶ原 (二) ~ 尾張・三河 VS 近江 ~

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君はアレか、童門冬二か?

前回の文章が長くなりすぎた感があるので、今回はライトめで。

テレビ放映が開始されてから、約半世紀。
東京のテレビ局をキー局に、全国へ同時刻で番組が放映される。

人も物流も移動時間が格段に短くなり、しかも国内は制限なく移動
できるので、情報や流通商品の地域差はかなり少なくなった。

しかし、世は戦国時代。
人の往来もままならず、居住地を変えることさえ不可能に近い時代。

交通手段も徒歩なのでそう簡単に遠方にいけるわけでもなく、昔は
今で言う県を 『 国 』 と読んでいたほど、違う 『 国 』 というのは遠い
存在だったと思われる。

そんな戦国時代、現代より格段に高いレベルで厚い壁になっていた
のが 『 言葉 』 である。

分かりやすく言うと、名古屋弁と大阪弁の違い。
その地域に住んでいる人から見ると普通に話している言葉が、違う
『 国 』 に行くと、うまく通じなくなる。

お互いが相手の言葉を理解しよう、あるいは統一された言葉で話す
ようにしようと思えばできたのかもしれないが、生まれ育った土地に
根付いた言葉というのは、そう簡単に抜けるものではない。

今でも、同郷と分かるとなぜか親近感がわく。
話しが盛り上がってくると、方言が出てきたりして懐かしくなる。
言葉の壁が厚い戦国時代なら、その気持ちはさらに強かっただろう。

自分の想いを言葉にして相手に伝えることは、なかなか難しい。
言ったことが誤解されてしまった経験もたくさんあると思う。

日本語としてある程度統一された言語があってもそうなのだから、
昔でいう 『 外国 』 同士の会話は大変で、一旦こじれてしまうと
修復は大変だっただろうな~。

言葉のやりとりは、大切にしていかないといけませんね。



もしかして、ココログからお引っ越しするかもしれません。
何か最近調子が悪くて………。

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